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zoom RSS 【映画】東京国際映画祭「ミラージュ」

<<   作成日時 : 2004/10/25 02:47   >>

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10/24 東京国際映画祭コンペティション部門「ミラージュ」鑑賞@バージンTOHOシネマズ。

5本目。コンペのマケドニア映画を鑑賞。
マケドニアの厳しい経済状況の中で貧しい暮らしだが夢を捨てない主人公の少年マルコ。アルコールに溺れる父・黙って家事をするしかしない母・暴力的な姉・そして学校での不良たちからのいじめ・・という厳しい環境の中で彼は詩の才能をみとめられるが、厳しい生活はその彼の夢さえも奪っていく。
主人公の少年マルコが迎える厳しい現実を見せる非常に力のある(精神的に)痛い映画だった。

多感な少年時代。厳しい現実と夢を見ることという相反する中で、彼が選んだ選択肢は辛いものになる。彼も最後に言う「わかったんだ。現実は厳しいんだったことが。」と。
この映画そのものが言うメッセージがダイレクトにこのセリフに反映されていく。

マケドニアという国が抱えている状況も含め非常に辛いものであることは間違いない。
しかし自分はそういう辛い現実に暮らしているわけではなく、この映画を100%理解することは不可能だと思う。決して映画に対する否定的な意味ではなく。
わかるといった時点で安っぽいヒューマニズムをかざしているような気もするし、わかるのであればこの映画を見る場所にはいないであろうと思う。
そういうように考えさせられるほど力強い映画だったのである。

そしてこの力強さを構成している一番の立役者はやはり、主人公マルコを演じるマルコ・コヴァチェヴィッチの持つ”目”の力。
彼が主観的な立場に居ながらも客観的に見ようとするその”目”。
目の中に見えてくる絶望・希望・渇望・そしてまたもや絶望。。
成長というだけでなく、変化をしていくその視線がこの映画をリアルに強くしていく。

夢を持つことさえも許されぬ現実なんだと知ることが大事だと監督は作品で言う。
そうなんだろう。
がしかし、夢さえも無い現実が未来永劫に続くことでしか世界は構成されないのだろうか?
そんなに悲劇を続けることしか人間はできないほど無知でいつづけるのだろうか?
自分はどこかに夢がそして未来があると無意識に信じているから今も生きていられるんだろうと思っていると、この映画を見て感じた。

ということで評価★★★★(4.3くらいあげられます。マルコ強し)

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