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zoom RSS 【映画】『TAKESHI’S』

<<   作成日時 : 2005/11/24 00:55   >>

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11/5 北野武最新作「TAKESHI’S」鑑賞@MOVIXしんさいたま。
はっきり言ってみる。この作品は極めてシャイなナルシスト北野武の偉大なる失敗作と言わせてほしい。私はコアな北野映画ファンであるし、決して悪い意味ではない。
映画というものが他者に見られそれを生業とするビジネスとしてみれば、これほど失敗作は無いのではないか。明らかに今回は先のベネチア出品も踏まえ国内ではいわゆる一般系劇場での全国拡大公開に近い形の上映であり、作品の意図とは別として既にその時点で映画というビジネスの上にある映画であることは間違いないわけであるし。そういうビジネスとして見ればもうまさに失敗作。
過去から北野武自ら放言していた振り子理論を映像化したいといっていた「フラクタル」という作品がまさにこの作品だとするならば、その”夢と現実””虚構としてのビートたけし””過去の北野作品の自己総括”などなど様々なモチーフがそこにちりばまられているとしても、それは一作家の自慰行為としかビジネス上は成りえないという事実をもっとスタッフは分かったほうがいいと思う。
くだらない例えをすればこの映画は渋谷の単館系ミニシアターでひっそりと上映され、映画マニアや北野作品マニアが集まり熱くこの映画の意味について語りあうというマーケットの映画なのは間違いない。そういう意味で明らかに理解をされることの無いマーケットに対してこの映画を見せていくことそのものが自慰行為に間違いないわけであり、シャイなナルシスト北野武は”俺の才能や表現がわかるのかこのやろー”と毒舌を吐いているだけになってしまうわけである。
んー、今回は試験の論文でも書いているようなブログになっておりますな(笑

と作品そのものについて触れる前に本筋ではないマーケット論を書いてしまったわけですが、作品そのものについての感想をここでいくら語ったとしてもそれもまた自慰行為に近いというループも踏まえ強く見た直後にこういうことを思ったわけでございます。

引き続き感想を述べるとするならば、正に北野作品としての総括であることは間違いないわけだし、まさに振り子理論の映像化であるわけだし、黒沢明やフェリーニなどの偉大なる先人たちの夢にまつわる映画を北野流にやりたかったわけだし、その悪趣味といってもいいくらいの悪(ふざけな)夢の映像化といったらデビット・リンチ作品に類似を見つけることもできるこの映画。
まあとにかく話そうと思えばいくらでも過去の作家映画や北野作品、そして彼のパーソナリティやコメディセンスなど様々なモチーフを取り出して論点とすることができると思う。

では結局この映画の評価は?と聞かれれば、その潔い自己完結ぶりを見せた作品として僕は十分面白かったし好きな映画と言いたい。しかし過去の北野作品との比較として好きなわけではなく、自己を総括したという意味で評価したいと思ったのである。
もうこの作品で一度今北野武という人の周りにある全てのものをゼロクリアしてほしい、いやすればいいじゃないかこの映画で、と1ファンは思う。とにかく昨今の北野作品はなぜこうまで余分なモノにあふれかえっているのか?と感じていたわけだから、これを機にぜひ本来の北野イズムを十分に私たちが満喫できるようなうっとりして泣ける北野映画の再現を望む。

個人的には熱烈な北野映画ファンだったわけであるが、「HANA−BI」を頂点とし「菊次郎の夏」「BROTHER」で山を越え、もはや自分の中では今の北野映画はこの作家の何が好きで彼の作品を支持するのかをまったく見えていないような作品つくりに辟易していた。
みなは知らないが自分が彼の作品を好きだったのは、その徹底的に簡略化された作品の中に繰り広げられる破壊性と静寂とあふれんばかりの情動とセンチメンタルを好きだったのである。
ムダなことは書かない・見せない・表現しない、しかしその映像とは対比的に内面を世界を彩る久石メロディ。なぜ久石メロディを北野作品は捨てたのか?(実質的には音楽にはなっていたが作品としては「DOLLS」から久石メロディを放棄しているのは間違いない。)
山本耀司の衣装もTHE STRIPESのタップもいらない、今北野世界を彩るのに必要なのが久石嬢のメロディなんだよ、絶対に(必死^^
なぜ「HANA−BI」が映画史に残る傑作となりえたのか?その理由の一員であることは間違いないのだから。

とまだまだ書き足りないわけだが、最後に。
今回は武がたけしと会うみたいなキャッチコピーで二人のたけしといっているが、自分にはこの映画はたった一人の北野武そのものの映画として見た。二人なんかいねえだろ、この作品の中に。
ほんとに最後。今回は松村と内山のデブコンビ及びゾマホンにこだわりすぎでしたね、あんなにいらないでしょう。
で評価★★★★(いろんな意味で4つくらいの評価です。)

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