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zoom RSS 東京国際映画祭「ドジョウも魚である」

<<   作成日時 : 2005/10/23 03:02   >>

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10/23 東京国際映画祭1本目。コンペティションで中国映画の「ドジョウも魚である」鑑賞@ヴァージンTOHOシネマ六本木(以降VTC)
さあメデタイ一本目。といいつつも本来はチケット争奪戦に敗れ空き時間対策でコンペのこの作品を選ぶという非常に不純な動機でありつつも貴重な一本目を鑑賞。
良くも悪くも非常に中国映画らしい中国映画。時間を感じさせないというより、あまりにもその広い国土であるが故に発生してしまう地域差や経済差。そういった社会的背景を抱えた中国だからこそよりリアルであるんであろう”泥鰍(ドジョウ)”という同じ名を持ち出稼ぎで出てきた北京で貧しい暮らしを誠実に生きる男女の物語。

物語の主人公は夫と別れ双子の小さな娘を連れて田舎にある全てを捨てて出稼ぎに来た女の”泥鰍(ドジョウ)”。その北京で雑草のように行きぬく同じく出稼ぎで今は親方として北京で生きるOと男の”泥鰍(ドジョウ)”。女のドジョウは肉体労働も厭わず身を粉にして北京で生きているが、常にかたくななまでに誠実に真摯でいようとする。
反して雑草のように猥雑に北京に生えようとする男のドジョウ。
この二人の心の通い合いを軸にたくましい市井の人々を活写する人間ドラマ。

北京という都会にあこがれ出稼ぎとして状況する主人公。そこに起こる底辺の生活であるがこその数々の困難。そんな困難な生活の中でも希望を持ち、大きなプライドを持つ主人公の姿が力強い。
しかし個人的にはセンチメンタルなエンディングも含めより叙情的にしたほうがこのモチーフが活きるような気がした。そういう観点で非常に性急な展開やカット割りが気になったのも確か。
観客が感情移入するという工程に対して、かなり性急なような気がする。

またこの舞台になっているのは決して一昔前の中国ではなく、現在の中国。
車や人や都会的な建物が乱立し始めている北京で、この世界の人々は完全に時間が止まっている。現代に時間を置いたからこそその力強さの主題が中国で生きる人々にはアピールできるのかもしれないが、現代の生活や経済面で地域差が大きく無い日本で暮らす我々には感情移入しにくいのも確かなような気がする。
これが、ある特定の過去の時代・・であれば感情移入できたような気もするがいかがか。

ということで一気見させられた作品で力強いのではあるが、入りきれなかったということで
評価★★★(平均点って感じかなあ・・)

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