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zoom RSS 【映画】東京国際映画祭『浮気雲』

<<   作成日時 : 2005/11/28 23:00   >>

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10/29 東京国際映画祭12本目。アジアの風の「浮気雲」鑑賞@オーチャードホール。
一般観客にはとかく何も無く退屈極まりないとも言われかねないツァイ・ミンリャン作品なれど、一旦彼の作家としての文脈にはまればその中毒性は大きい。そしてかくいう自分も正に中毒者である。

過去の作品からの文脈上はツァイ作品のマイベストでもある傑作「HOLE」の系統と言え(雨が降り続ける世界に対し、今回はまったく雨が降らない水不足の世界をで対極に)、物語上はラストシーンで映画史に残る名シーンとなる「愛情万歳」の自己引用を見せた「ふたつの時、ふたりの時間」の続編とも言える。
ふたりの時ですれ違い台湾とパリに別れた二人が、ふたたび台湾で出会う。前回はすれ違いだが今回は男と女としてちかずいていく。

そのすさまじい程に俯瞰で静かな映像に、孤独と焦燥と反比例した欲望を抱える主人公たちの構図は正にツァイ世界。欲望の代表的なものとして今回は性欲をモチーフに、しかしその欲望(=愛情と敢えてこの作品では勝手に定義)そのものへの渇望を水の無い世界での渇望としてダブラせる。

その世界に幻想として現実とはこれまた反比例した極彩色にあふれた天才的なミュージカルシーンを挿入。これがそのアイデア・映像・レトロな音楽・ダンス・構図と素晴らしいのである。
下世話で歪雑でレトロで美しく幻想的。トイレのミュージカルはいまだないだろう。
これだか卓越したミュージカルシーンを演出するのであればミュージカルのみを見てみたいとも思うのだが、それではツァイ作品ではなくなりますね。あしからず。
幻想シーンで見せるコミカルな要素は、リー・カンション扮する主人公のAV撮影(AV男優という設定)での日本人AV上とのからみのコミカルさでも現実を交差させているなと苦笑い。

渇望を抱えたままの寄り添えない男女の屈辱的だが真理とも言えるラスト。愛情と性欲とが反比例する形かのように見せるあのシーンをバカバカしいととるか哲学としてとるか。即決哲学。
近づくようで近づけない二人を象徴する格子窓。んー一見すれば下品なれど哲学です。

まあ興行的にはほんとに一般客は無視しているし、映画好きでもほんと一部の映画ファンのみのマーケットになってしまうのはやむをえないでしょう。
そういえば昨年の東京国際上映の「さらば龍門客楼」も未公開ですね。と思ったら2006年プレノンアッシュ配給で公開。さすがプレノン・アッシュ。ウォン・カーウァイを日本の市場で発掘したのも間違いなくプレノン・アッシュだし(最近は映画界のエイベックス化している(悪い意味で)ギャガあたりが金にモノ言わせて買われちゃってますが)、アジア映画の先駆者としてがんばれ!!

ちゅうことで評価★★★★(ミュージカルシーンは満点でした。総評では4.5か。個人的には大好きです。)

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